【村の誇りを賭けた「ハム戦争」】明宝ハム VS 明方ハム

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今日スーパーに行ったら、明宝ハムと明方ハムが仲良く(?)並んで置いてありました。


私はスキーもしているので「明宝」という地名に親近感があり、今まで明宝フランクは“ゲレンデ帰りのご褒美”
明宝ハムなんて、もう“ご馳走ランキング上位”に入る存在です。

そんな私が「明方ハム(みょうがたハム)」を初めて見たとき、
正直こう思いました──

「あれ?読むんメイホウやん?これパクリやん?やっとるな〜!」

……完全に誤解でした。

調べれば調べるほど、そこには村の運命、雇用、プライドが絡み合った
壮絶で、それでいてどこか胸を打つ“ハム戦争”の歴史があったのです。


◆第1章:山村の希望として誕生した「明方ハム」

物語は昭和28年。
岐阜県の山奥、旧・奥明方村(現在の郡上市明宝地区)で始まります。

戦後の食生活改善と、過疎に悩む村の産業づくりのために、地元農協がハムの製造をスタート。
これがのちの**「明方ハム」**につながります。

ところが当時、ハムは村民にとって“ハレの日のご馳走”。
普段は高級すぎて売れず、事業はパッとしませんでした。

転機は昭和55年。
NHK『明るい農村』で紹介されたことでブレイク!
「幻のハム」と呼ばれるほど注文が殺到し、村の希望となります。

山奥で生まれた手作りのハムが、全国区のスターになるなんて、ちょっとドラマチック。


◆第2章:村 vs 農協──工場移転を巡る“決別の瞬間”

しかし、ここから物語は激しく動きます。

明方ハムが売れに売れたことで、農協は
「もっと量産できる場所へ工場を移すぞ!」
という方針に。

移転先は、人口が多く働き手も確保しやすい八幡町。

一方、明方村は猛反発。

「これはウチの村の宝や!ハムこそ村おこしの切り札やのに、村から持ってくなんて…!」

村としても、雇用が減れば過疎はさらに進む。
村の未来がかかっていたわけです。

最終的に農協は工場を移転。
そして村は──なんと**「それならウチも独自にハム作る!」**という超強気の決断をします。

ここがハム戦争の分岐点。


◆第3章:村が名を変えてまで守った“明宝”

村は1988年、第三セクター「明方特産物加工株式会社」を設立。
この会社で、農協に対抗して新たなハムづくりを開始します。

しかも、当時の村長、高田三郎さんはとてつもなく肝が据わっていた。

  • 農協でハムづくりしていた職員を引き抜き
  • レシピも製法もそのまま継承
  • 役場職員は出向させず、完全に事業として独立

今なら確実に一大ニュースになるレベル。

そして、新しく生まれたハムに名付けられたのが

「明宝(めいほう)ハム」

……ここで終わらないのがすごい。

翌1992年、村そのものが名前を変えます。

明方村 → 明宝村

もう完全に「明宝ブランドで生きていく!」という覚悟。

ブランド戦略でここまで腹を括れる村、聞いたことがありません。


◆第4章:因縁の末に生まれた、奇跡の共存

こうして、

  • JA(農協)がつくる 明方ハム
  • 村の第三セクターがつくる 明宝ハム

という、同じ地から生まれた“二大ハムブランド”が誕生しました。

しかもこの2つ、実は微妙に違う。

  • 明方ハム: くん液を使い、ややスモーク風味
  • 明宝ハム: 肉の筋を感じる、より肉々しくジューシー

どっちが上とか下ではなく、
「似てるけど違う、まさにライバル同士」。

不思議なことに、この競争が両者を成長させました。

明宝ハムの社長はこう語っています。

「ハム戦争で話題になり、結果的に相乗効果が大きかった」

明方ハムの所長も、

「分かれて競い合ったからこそ、お互いここまで伸びた」

とコメント。

そして今、明宝村も八幡町も郡上市として一つにまとまり、
ふるさと納税では明宝×明方の食べ比べセットが人気商品に。

なんだかんだで“いい感じ”に共存しているのが、また素敵。


◆まとめ:これはただのハムじゃなく、村の物語だ

最初は「名前似すぎ!」と思った2つのハム。
でも調べていくうちに、これは村の未来・雇用・誇りを守るための物語だとわかりました。

どちらも本気で作っているからこそ、どちらも美味しい。
そして、どちらも地元に愛されている。

次にスーパーでこの2つが並んでいたら、
ぜひ思い出してください。

「これは山奥の村が、本気で生んだ二つの物語なんだ」

そして、食べ比べてみてほしい。
スモーク派か、肉々しさ派か。
あなたはどっち推し?

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